歯科技工士が教える『石膏の流し方』のコツ
「石膏の流し方が正しいのか自信がない」
「気泡が入る・模型の精度が安定しない」
そんな悩みを抱える歯科医師・歯科衛生士の方は実は多くいらっしゃいます。
技工物の適合は、印象採得から石膏注入までの工程でほぼ決まると言っても過言ではありません。
しかし現場では、この重要な工程が“雑務のひとつ”として扱われ、正しい理工学的理解がないまま石膏を流してしまうケースも少なくありません。
歯科技工士の立場から見れば、石膏模型の精度はその後の補綴物の適合を左右する最初の分岐点です。
この記事では、ラボで実践している石膏注入のコツや注意点を、誰でも今日から改善できるポイントに絞って分かりやすく解説します。
また、石膏作業における不確定要素を根本から取り除く手段として、近年注目されている 口腔内スキャナー(IOS)によるデジタル印象 についても触れています。
石膏の扱いに不安がある医院様、業務効率化を検討されている方はぜひ参考にしてください。
詳細はこちら↓
もくじ
石膏を綺麗に流すための間違ったコツ

ウチのスタッフ達に石膏の流し方を教えてもらえるかな?

いいですよ。

私もコツなら知ってますよ!印象をしっかり濡らして水を多めに石膏を練れば気泡が入らないんです!

それだと技工物の適合がキツくなりますよ。

(え、、、「最近適合悪いぞ」って技工所にクレーム出してるよ・・・)
石膏を流す準備(必要な道具と環境)

石膏流しに必要な道具
石膏を流すために最低限必要な道具を準備しましょう。
上の画像には写っていませんが、他に『バイブレーター』と『真空練和器』も必須と言えるアイテムです。
是非備えておきましょう。
では画像のアイテムを順番に見ていきましょう。
①ラバーボール
説明不要ですね。ラバーボールです。
好みの硬さのものを選びますが、硬めで分厚いものはバイブレーターで振動が与えやすく、柔らかく薄いものは気泡を抜く作業が楽です。
ラバーボールでの練和で気泡を抜くには、バイブレーターに当てながら浮いてきた気泡に息を吹きかけることで気泡を抜くことができます。
が、お察しの通り不衛生な方法です。
真空攪拌機を使ってください。
②電子はかり
水と粉は必ず計量しましょう。
これは絶対です。
慣れてくれば目分量で練和することもできますし、おおよその混水比はわかりますが、本模型では必ず計量してください。
専用の電子はかりを使い、水以外の液はメスシリンダーで計りましょう。
③スパチュラ
これも説明不要ですね。スパチュラです。
好みのものをどうぞ。
④お好みのツール
これはMセラミック工房で使っているオリジナルのツールです。
シリコン製の柔らかいツメですね。
作り方と使い方は後ほど。
⑤消毒薬
是非取り組んでいただきたいのが印象体への消毒です。
スタンダードプリコーションはみんな知っているのに、なぜか模型作りでの消毒については徹底されていない場面が多いようです。
コロナ禍後にどれほど改善されたかはわかりませんが、過去に実施されたアンケートでは、印象体の消毒を行っている歯科医院は全体のわずか3割程度しかなかったそうです。
印象体を消毒せずに石膏を流してしまうと、石膏模型の内部は消毒不可能になります。
その後の作業で石膏を多量に削るので、我々歯科技工士の感染症の暴露リスクも高まってしまいます。
汚染が広まると他の医院様の納品物に対しても不要なリスクが発生してしまうので、全ての医院で印象体の消毒を行ってください。
印象体専用のものは水に濡れていても効果を保てるように濃度が調整されています。
印象体専用の消毒スプレーを使用しましょう。
「アセプトプリントスプレー」や「デントジア印象体除菌スプレー」という商品がおすすめです。
使用する石膏の種類
模型に応じて石膏も使い分けましょう。
新規の医院さんなどで、本模型なのに普通石膏で模型が届くことが稀にありますが、本模型は必ず硬質石膏か超硬質石膏で流してください。
ちなみに、、、マイクロスコープを覗きながらハンドピースでトリミング作業しているとわかるのですが、安価な超硬質石膏などは着色剤の塊など異物が混ざっていたり、チッピングを起こしやすいなど品質が不安定なことがあるようです。
当ラボではGCのニューフジロックとニューフジロックIMPという製品を使用しております。
普通石膏
最も混水比の高い石膏で、変形量も大きく、脆い性質を持っています。
スタディモデル(参考模型)や模型の底面を整える目的で使用されます。
価格は安いですが対合歯模型にも本模型にも不向きです。
硬質石膏
普通石膏よりも硬く強くなりますが、本模型には不向きです。
ただし、寒天やアルジネートとの相性は、超硬質石膏よりも優れていると言われています。
吸引タイプの機器でマウスガードなどを製作する場合も、本模型に使用されます。
スタディモデルや対合歯模型を作る目的で使用されます。
Mセラミック工房では、咬合器へのマウントなどに使用しています。
超硬質石膏
最も混水比の低い石膏で、硬化膨張量も小さく、強い性質を持っています。
クラウンブリッジやデンチャー、インプラントなど全ての本模型で使用されます。
連合印象の場合は面あれを起こす場合もあるので、注意が必要です。
オリジナルシリコンツールの作り方

シリンダー内で固まったシリコンパテを使って柔らかいインスツルメントを作れます。

針で穴を空けて・・・

良さげな棒を突き刺す。

完成!
金属やプラスチックなどの硬いインスツルメントだと印象体に当たった時に傷をつけてしまったり変形させてしまう恐れがあるので、このような柔らかい素材のピックを準備してると作業しやすいですよ。
シリコンピックの使い方
このシリコンピックは流れていく石膏を引っ掻くように使います。
支台歯などの繊細な箇所に、ドバッと勢いよく石膏が流れてしまうと気泡を巻き込んでしまう原因となります。
勢いよく流れ込む石膏をこのピックで引っ掻くようにして、流れるスピードをコントロールしてあげましょう。
このピックを上手に使えれば、石膏は印象体の表面を這うように流れていきます。
気泡を巻き込んでしまったかな?と思った箇所には、このピックを突っ込んで軽くかき混ぜてみましょう。
気泡が取れて浮かんできます。

下手な絵ですみませんw
流れる石膏に突っ込み・・・

石膏を引っ掻くように動かし、流れる量とスピードをコントロール。

細かい箇所にも石膏がゆっくりと満たされていくところを目視で確認します。
歯科用石膏の特徴と扱い方
歯科用超硬質石膏を中心に解説します。
理工学的なポイントも軽くおさえておけば理解が深まりますよ。
石膏の混水比
石膏の種類によって混ぜるべき水の量が異なるということは上述しました。
実は同じ石膏でも水の量を増やしたり減らしたりすることで僅かに性質を変えることが可能です。
ざっくりと説明すると、水の量を増やすと(混水比を高めると)操作性が良くなり、膨張量が減るというメリットがあります。
その代わりに強度が落ちて、小さな気泡が入りやすくなり、面アレを起こしやすくなります。
反対に、水の量を減らすと(混水比を下げると)強度が上がり、模型内面の気泡は入りにくくなり、表面も滑沢になります。
その代わりに操作が難しくなり、膨張量が大きくなるというデメリットがあります。
このように同じ材料でも性質にバラつきが出てしまうので、粉と水は常に計量し、メーカー指定の標準混水比で取り扱うことが重要です。
石膏の持つチキソトロピー
チキソトロピーとは固まりかけている流動物に刺激を与えると、再び流動性を取り戻す現象のことを言います。
身近なものではペンキなどがそうです。
歯科用の石膏にも、この性質があります。
作業中に石膏が固まりかけてしまったら、再度バイブレーターに当ててあげると緩くなります。
印象体の準備
連合印象は離液や吸湿、乾燥によって容易に変形します。
室内や水中での放置は絶対にNGです。
その時点でまともな技工物は作れなくなりますので、とにかく印象採得から石膏を流すまでのスピード感にこだわってください。
印象体の洗浄

大事なことなのでもう一度。
寒天アルジネート印象はスピード命です。
口腔内から撤去後は速やかに石膏を流すことが重要です。
唾液や血液や薬剤が付着していると模型の精度が著しく下がるため、印象が壊れたり変形しないように「手早く」かつ「しっかり」と水洗します。
流水を直接当てると印象体にダメージがあるので、手などを介して水を当てます。

汚れがひどい箇所は柔らかい筆で洗浄します。
汚れがあるまま石膏を流すと面アレを起こしますので、綺麗に洗浄します。
この時も手から筆を介して水を当てます。
印象体の消毒

印象体の洗浄が済んだら消毒スプレーをかけて石膏の準備に取り掛かります。
石膏の準備が済んだら軽くすすいで消毒薬を洗い流します。
印象体の表面をチェック

印象体表面は乾きすぎていても濡れすぎていてもダメです。
ごく軽くエアーをかけたり、ティッシュでコヨリを作って余分な水を吸い取ります。
「内面に水は溜まっていないけど、しっとりしている」くらいのタイミングで石膏を流し始めるのがベストです。
*冒頭のやりとりの解説。
混水比を上げると適合がキツくなるのはなぜ?
コメントにもいただきましたが、混水比を上げると膨張率が下がるので、より精度の高い模型になりそうですよね?
確かに理屈ではそうですが、印象体が明らかに濡れている状態で、混水比の高い石膏を流すと、模型の表面に水が極端に多く混ざってしまいます。
そうすると表面が大きく荒れてしまい、模型の精度が著しく損なわれてしまうので、口腔内に戻らない技工物となってしまいます。
石膏の練り方・攪拌のコツ

粉と液が標準混水比となるように計量します。
画像では真空攪拌器の容器に粉を先に入れていますが、ラバーボールを使う場合では水を先に入れたほうが余分な気泡が入りません。
これはレジンなどの混和でも同じですね。
基本は『液が先』で『粉が後』です。
石膏の練和と気泡抜き
石膏から気泡を抜くための工程としては粉と水を混ぜる所から始まります。
まずは水に対してゆっくりと粉を入れます。
全ての水と粉をラバーボールに入れたら、最初はゆっくりと攪拌してください。
石膏の化学反応はトゲのような結晶が崩れながら硬化反応が進むイメージです。
序盤でゆっくり攪拌することで作業時間も伸びますし、不要な空気を巻き込まないので後々楽になります。

ラバーボールをバイブレーターにしっかりと押し付けて目に見える気泡を全て抜きます。
この時点で気泡は完全に抜きましょう。
印象トレーのバイブレーターの当て方

バイブレーターに印象トレーを当てる時は、基本的にはトレーのハンドル部分に当てるようにしましょう。

ハンドルではなくトレー本体にバイブレーターを当てると、つい力が入って印象体を変形させてしまう可能性があります。
慣れれば変形しないように意識できるようになりますが、あまり強く当てすぎないように注意しましょう。
強い振動を長く与え続けると面アレを起こし安くなるなどのデメリットもあります。
『最適な振動』で『手早く』『丁寧に』石膏を流していきます。
石膏の流し方(注ぎ方と気泡を防ぐコツ)
いよいよ石膏注入ですが、ここまでくればあとは簡単ですね。
石膏注入で重要なのは準備の部分が大きいので、あとは慣れです。
コツはとにかく見ることです!

石膏を流す場所は明るくしてアンダーカット部も目視できる状態で作業しましょう。
Mセラミック工房では、バイブレーターの真上にスポットライトを設置しています。
流す部位については『端から反対の端まで順序よく』というのが基本です。
個人的には支台歯などの重要部位から流していくことが多いです。
集中すべき部位を先に終えることができますし、万が一気付かぬうちに気泡が入ってしまっていた場合、他の部位を流している間に気泡が浮いてきてくれることがあるからです。
ただしあまり長時間バイブレーターに当てることは粉と液が分離して面アレを起こすなどデメリットもありますし、前後両側に注意を払う必要があるので、中級テクニックかもしれません。

重要部位とその前後を流し終えたらスパチュラに持ち替えてスピードアップです。
この時も側面に這わせるように注ぎ、ゆっくりと馴染ませるように注いでいきます。
ここまできたら最後のチェックポイントです。
それは支台歯などの重要部位は、石膏をしっかりと満たすまで観察を続けるということです。
途中で気を抜いてドバッと石膏を盛ってしまい、支台歯のマージンのすぐ内側にでっかい気泡が入っている…なんてことにならないように。

最後に必要十分な厚みの馬蹄形に石膏を盛ったら(クラウンブリッジの場合)終了です。
このとき名札メモなども貼り付けましょう。
石膏の硬化待ち
石膏が固まるまでは、湿箱の中で放置することが理想的です。
ハンドル部分を固定して空中に浮かせるように放置する方法と、そのまま湿箱の底に直置きする方法とで、どちらに優位性があるのでしょうか。
空中放置のメリットとデメリット
印象体を浮かせるため、応力がかからないが、石膏の重み自体が応力となり変形のリスクがある。
Mセラミック工房では、石膏の使用量を減らしつつ、基本的にはこの方法で硬化待ちしています。
底に直置きするメリットとデメリット
石膏の重みを支えることができるので、変形のリスクが減るが、印象材のはみ出し具合や、トレーの形状などによっては、印象体に強い応力がかかってしまう。
湿箱の底に、柔らかめのホースを2本平行に並べ、その上に置く方法もある。
コメント欄にもありますが、義歯の印象の場合は石膏量が多く、変形を防ぐために、石膏を注いだ面を下に、印象トレーを上にして、硬化待ちすることもあります。
この場合は、たっぷりの石膏を使い、印象体やトレーが、完全に石膏に乗るようにしましょう。
石膏模型の撤去
忘れられがちなのが、固まった石膏模型の撤去です。
寒天アルジネート印象の場合、石膏を撤去せずに放置してしまうと、印象材の乾燥が進み、模型表面が面荒れを起こしたり、模型を傷つけたりしてしまいます。
診療終わりに石膏を流し、「外すのは翌日」ということにはならないように心がけましょう。
撤去した模型に寒天がこびりついている場合も、そのままにせずに、優しく剥がしておきましょう。
デジタル印象の利点
石膏模型を正確に作るためには、混水比や攪拌時間、硬化条件など、多くの要因を常にコントロールする必要があります。
その一方で、印象材や石膏には、どうしても収縮膨張や物理的な変形といった誤差要因が残ります。
口腔内スキャナーによるデジタル印象では、こうしたリスクを大幅に減らせるだけでなく、石膏の注入のタイミングを気にしたり、硬化や撤去を待つ時間も不要になります。
材料コストや人的コストの削減に加え、診療時間のコントロールが容易になる点も大きな利点です。
終わりに
一口に「石膏の流し方」と言ってもこれだけ多くのチェックポイントがありました。
医院内でも『誰でもできる』『忙しい時は後回しにする』と軽く見られがちな石膏流し。
めんどくさい雑用に思えるかもしれませんが、模型作りがダメなら、たとえ【世界一上手な歯科技工士】が作ったとしても不適合になります。
技工物の品質を保つための最も重要な最初の工程ですので、是非スキルアップに取り組んでみてください。
石膏の扱い方を見直すことは、補綴精度を高める第一歩です。
さらにその先には、模型を使わずに高精度を実現する「デジタル印象」という選択肢もあります。
IOSの導入については、デジタルラボのMセラミック工房にご相談ください。
スキャナーの立ち合いレンタルも可能です。
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コメント
どうして水を多くすると水を多めに石膏を練ると、技工物の適合がきつくなるのですか?水が多いと膨張率が小さくなるなら適合は少ない時より良くならないのですか?
DHたまご様
コメントに気付かず、返事が遅れてしまいました。
確かに、材料の性質だけを見れば、膨張や収縮の少ない状態が理想ですが、印象体が濡れているほどの状態で、高い混水比で石膏を練ると、口腔内への戻りはキツくなります。
なぜなら、極端に混水比が上がることで模型表面の強度が著しく低下し、技工作業中に容易にすり減ってしまうためです。
また、模型作りの工程で流水下で作業する必要がありますが、そこでも面アレを起こしやすくなり、やはり適合がキツくなる原因となります。
印象材との兼ね合いもありますが、標準混水比や、メーカー指定の効果時間などを厳守していただければ幸いです。
下顎義歯の石膏を盛る場合なのですが、トレーから、はみ出るくらいに盛って、逆さにしているのですが、舌側側もはみ出るくらいに盛りますよね?どこまで盛るのか、はずす時の注意などもあれば是非お聞きしたいです。宜しくお願い致します。
マツ様
コメントありがとうございます。
義歯の舌側に関しては、印象されている範囲まで石膏が盛られているのであれば、特にここまで盛って欲しいという基準はありません。
注意点としては、逆さにした際に、印象材やトレーの辺縁が作業台に触れないようにして下さい。
トレーから、はみ出るほど石膏を盛ったら、作業台にもあらかじめ石膏を盛り、その上で逆さにして下さい。
そうすることで、印象体はトレーごと石膏に乗る形となり、作業台から浮かせると思います。
印象から外す場合は、アンダーカットになっている箇所に気をつけて、できる限りまっすぐ外して下さい。
事前に引き抜きやすい方向を確認しておくと良いです。
外れにくそうな場合は、トレーから印象材を先に剥がして、印象材を破りながら外して下さい。
部分的に折れてしまって、再印象が困難な場合は、院内では接着せず、技工士に事情を話してそのままラボに送る方が良いでしょう。
歯冠修復の場合は、気泡が支台歯に上がってしまうと困るので、印象を逆さにしないでください。
以上参考にして頂けますと幸いです。
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